今回は、自分語りシリーズ最終編「翔んで石垣」編をお送りします。
ここまで数回にわたり、私のどうでもいい昔話にお付き合いいただきありがとうございます。
いよいよ最終回です。
上京して7年。
東京での生活や仕事にもすっかり慣れてきた頃、私の人生にちょっとした転機が訪れます。
当時働いていたスポーツジムのケアルームが、会社の方針で他社へ業務委託されることになりました。
簡単に言うと
「働く場所は同じだけど、所属する会社が変わる」
という話です。
突然の通達にスタッフはざわつきました。
選択肢は2つ。退職し転籍先の会社に転籍するor転籍せずに自分で次の仕事を探す。
どうやら多くの人は自身で次の仕事を探すと決めていたようでした。
決めかねていたのは私と後輩2人。
当時の私は
「普段、偉そうにこき使っているくせに、こんな時だけ何もしてあげないのはいくらなんでもダサい。こういう時にどうにかしてやるのが先輩の仕事だろう」
という、妙な使命感に燃えていました。
今思えば、後輩2人からすれば完全に余計なお世話だったかもしれませんが、当時は本気でした。
ケアルームの業務を請け負う会社が2社に絞られたと聞き、後輩たちが少しでも良い条件で働けるようにと思い、私は2社の代表の方へ挨拶に伺いました。
ありがたいことに、どちらの会社からも現在の条件に加えて、さらに良い待遇を提示していただくことができました。
そして最終的に、神奈川県で数店舗の接骨院を経営しているグループが業務提携先に決まり、私と後輩2人もお世話になることが決まりました。
所属先は変わりましたが、仕事内容は大きく変わりません。
そんなある日、新しい同僚との雑談の中でこんな話を耳にします。
「沖縄の石垣島に、新しい接骨院を作るらしいよ」
しかしその時の私は
「ふーん、そうなんだ」
くらいの感想でした。
まさかその話が自分に関係するとは思っていなかったからです。
ところが数日後、グループ代表に呼び出されます。
そして言われた一言。
「石垣島で接骨院の院長やってみない?」
正直、かなり驚きました。
「田舎が嫌で東京に出てきたのに…石垣島?」
そんな気持ちもありました。
でも同時に
「流れに身を任せるのも、ワイ(徳島の言葉 男性の1人称)っぽくてええんとちゃうか?」
とも思いました。
いろいろ悩んだ末、私は石垣島への転勤を決意します。
当初は
「2~3年くらいかな」
という、本当に軽い気持ちでした。
しかし気が付けば10数年。
さらに気が付けば社長という立場にまでなっていました。
人生というのは、本当に何が起こるか分かりません。
社会人になったばかりの頃の自分に
「将来、石垣島で接骨院やってるぞ」
と言っても、きっと信じないと思います。
それでもこうして今、石垣島で生活し地域の皆様の健康、福祉に携わらせていただいていることをとてもありがたく感じています。
これからもきっと色々な出来事があると思いますが、
持ち前の
「運の良さ」
「お気楽極楽な性格」
そして先祖、両親からもらった
「頑丈だけが取り柄の身体」
この3つを武器に、なんとか乗り越えていこうと思います。
そしてこれからも、地域の皆様に頼っていただける接骨院、デイサービスであり続けたいと思っています。
今後とも
さくら接骨院鍼灸院
さくらデイサービス
をどうぞよろしくお願いいたします。
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