沖縄県石垣市のさくら鍼灸院・接骨院

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コラム 院長の自分語り

院長の自分語り その2

今回は、予想に反して好評だった私の自分語りの「専門学校編」を綴ってみようと思います。


高校を無事に卒業した私が入学したのは香川県綾歌郡にある「四国医療専門学校」です。

瀬戸内海に面し、最寄り駅である「宇多津駅」からは瀬戸大橋に直通し本州とのアクセスも良好。非常に恵まれた環境でした。

1学年に約40名で人数はそこまで多くないかもですが年齢層が非常に幅広く、新卒者よりも大卒者や社会人経験を経て入学された方が多かった記憶があります。

また当時は柔道整復師=男性の職種

という風潮が強く、同学年にも圧倒的に男性が多く女性は数名でした。

これが、学生時代の一日のスケジュールです。

20歳を過ぎればお酒を覚え、二日酔いのまま学校に行くなど、「これぞ専門学生!」といった学生生活でした。もちろん、授業は真面目に(自分が思っているだけかもですが)出席し、週2回ある放課後の柔道の練習に参加し、その後アルバイトに直行。それなりに忙しくはありましたが、適度に遊ぶ時間もあり、なんだかんだ暇を持て余すことなく3年間を過ごしたように思います。

年に1度、柔道の全国大会がありました。7対7の団体戦で1年生の時から試合に出場させていただきました。中学高校と全国大会には縁のない競技生活でしたので、いくら地方予選がない大会でも「全国大会の挑戦できる」ということが非常にうれしかった事をおぼえています。


3年時の全国大会に出場した際にまたまた怪我を負ってしまいます。

3校のリーグ戦で上位1位のチームが決勝トーナメントに進出できる方式です。

リーグ戦1試合目、相手選手に投げられた際に右肩から落下。高校生の時の右膝の負傷(以前のコラム、10代編参照)をはるかに上回る痛みが走りました。そのまま抑え込まれて1本負け。

信じられない痛みを感じつつも、2試合目が残っています。

「…これは無理ちゃう?」と思いました。

ただここは、日本全国から柔道整復師の卵とその師匠が集まる場。チームメイトと先生方に囲まれて2試合目に出場するべく応急処置が始まりました。

右肩周囲にテーピングを施してもらい、右腕がほぼ動かない状態に。固定のおかげで痛みは軽減しますが、いかんせん右腕が動きません。

「…マジで無理ちゃう?」と思いました。

ただ、学生最後の試合。社会人になってからも柔道を続けることは考えていなかったので、半ばやけくそで2試合目に臨みました。

怪我を悟られないように左手を駆使してどうにか戦いましたが、そんなに都合よく事が上手く運ぶ筈もなく、あっけなく一本負け。

そんなこんなで専門学校の最後の大会は2連敗という結果に終わりました。


香川に帰り、精密検査をしたところ

右肩鎖関節脱臼

の診断。

はい。授業で習いました。痛いやつです。

簡単に言うと鎖骨の端と肩甲骨を繋ぐ靱帯が切れている状態です。

鎖骨を上から下に押さえていないと鎖骨の外側がヒョコっと持ち上がってきます。

三角巾と鎖骨を押さえるサポーターを駆使して学校生活を送りますが、国家試験対策も同時進行で進めなければなりません。

結局、利き手である右手を固定したままでは勉強もはかどらず、あっという間に固定もしなくなってしまいました。


自分語りに気持ちよくなってきたので今回はここまで。

「国家試験~花の都 大東京編」はまたの機会に。

次回予告

怪我をした時の強い味方

「テーピング サポーター」

について、述べてみようと思います。

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