今回は、第3弾「国家試験~花の都大東京編」をお送りします。
全国大会を終えて、3年生だった私は本格的に国家試験対策に挑みます。
「授業を真面目に受けておけば問題ないだろう」
のスタンスで過ごしてきた私にとっては、放課後も自習をする時間を作り、それと同時に進めていかなくてはいけない問題もあります。
そう、就職活動です。
学校の求人票に目を通すと、大半が四国4県内の接骨院で近畿圏の求人もちらほら。
その時、ある求人票の勤務地の住所に目が留まります。
「東京都港区○○○」
驚きとともに詳細を読んでみると、こんな風に書かれています。
“東京都内のスポーツジム内で利用者のトリートメント業務及びアスリートの帯同業務”
私はこれだ!と直感します。
無事に卒業した後は、どんな形でもよいので都会に行くことを決めていた私にとっては願ってもない求人票。すぐさま連絡をして面接の日を調整し、夜行バスで一路東京へ。
早朝に東京駅に到着し、面接は昼。かなりの時間があります。
私は少しでも好印象を持ってもらえるように床屋に飛び込み
私「今日田舎から出てきてこの後、就職の面接があるんです。身ぎれいにしてください!」
床屋のマスター「そうか!任せといてよ!」
約1時間後、髪を切ってもらいながら嫌な予感がしていましたが、見事な角刈り男が出来上がりました。
平成の時代にはあまり見かけないスタイルになりましたが、身ぎれいにはなったかな?と自分に言い聞かせ、成人記念に両親に仕立ててもらったスーツに身を包み、いざ面接会場へ。
当時はスマホの地図アプリもなく、プリントアウトした地図を片手にひたすら歩き、東京のど真ん中にあるビルにたどり着きました。
面接の部屋に通してもらい、4名の面接担当の方がいます。
もし就職すれば、この方々と仕事をするんだろうな、という直感がありました。明らかに現場でバリバリ、トレーナーとして活躍している雰囲気。ギラギラしております。
面接は無事に終了し、夜に再び東京駅へ。香川へとんぼ返りです。
面接に伺った会社からは角刈りの清潔感が功を奏したのか内定をいただき、国家試験に合格すれば本採用ということになり、そこからは、ひたすら国家試験対策の日々。
試験当日、終了10分前にマークシートが1問ずれている事に気づく、というハプニングに見舞われましたが無事に合格。
ようやく柔道整復師としてのスタートラインに立つことが出来ました。
そこからは東京でのアパート探しから引っ越し準備など慌ただしくすごし無事に東京に居を構えることが出来ました。
最初の勤務地は東京都港区白金高輪。いまや死語となった「シロガネーゼ」の語源となった白金台駅から一駅のところに位置するオフィス街です。
そこで私は、今後の柔道整復師としての人生に大きく影響を与えてくれた方々と出会います。
自分語りの気持ちよさが最高潮に達しましたので、今回はここまで。
「激闘 東京編」はまたの機会に。
次回は手技療法の分野で以前より注目されている身体組織「FASCIA」について述べてみようと思います。
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